把お金をもう一方に渡して管理してもらうのは、一種の悪しき習慣だ
注意してほしい、ここで言っているのは「管理」であって「出費」ではない。生活費ですら切り詰めている夫婦もいる。その場合、片方が給料を、家庭の出費や購買の意思決定を担当するもう一方に上納するのは、実のところ大きな問題はない。せいぜい家の中で誰の好みを優先するかが少し増える程度のことで、収入がかろうじて出費に見合っているときは、誰が使っても大差ない。このような「決定」には、自由の余地がほとんどないのだ。だが、それが「男性の収入は上納すべきだ」あるいは「給料カードを妻に管理させている男こそ善い男だ」というレベルまで高まるのなら、それは違う。なぜなら、この社会には、見てみないふりのように「女性が経済的な支柱のときでも、女性のカードは後勤を管理する男に預けるべきであり、その男こそ善い女性だ」というような言い方は、少なくとも存在しないからだ。しかもここでは、このお金の大小がまったく考慮されていない。月に1万稼ぐなら、出費にちょうど足りると言える。では月に100万稼ぐ場合も同じなのか? 上納しなければ善い男ではないのか? この種の言い分は、目に見えないところで道徳的な束縛の効果を生み、さらには一種の悪しき習慣だと言ってもいい。すべての成人には、「自分自身の資産に対するコントロール権を保持する能力」が必要だ。この能力は、もう一方の配偶者
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